Tuesday, July 12, 2016

碧空805 自伝の野心

805 自伝の野心  Tolstoi が総掛かりで呼び出される名声の気配に包囲されることは、28枚続きの幼年時代の一枚が代表する霊的気配を贖っている。それは、守護するように脅かす気配であり、蔽いかける眠気であり、その思い出は、貴族の生態の中にも地上にも不完全に位置を占めて、混乱している。うとうとしていて母がフイルドの第二コンチェルトやベートーベンの「悲愴」を弾き始めると、「透明な思い出のようなもの」がふんわりと明るく、あるいは重く暗く湧いて来るが、まるで「起きなかったことを思い出す」というふうなのである。  思い出であることの頓挫、予期と想起が解離しない反零落の、守護するように脅かす気配が「透明」の正体であるが、この「起きなかったことを思い出す」透明は、自伝の野心である。不随意に湧いて来る履歴改竄は、嘘以上の何か真実以上の何かで、そもそも何かであることの頓挫である。  J.J.Rousseau が総掛かりで呼び出される陰謀の気配に包囲されることは、同じようにして告白の野心が、不随意に湧いて来る履歴改竄の、嘘以上の何か真実以上の何かであることを贖っている。

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