Saturday, July 16, 2016

碧空808 いつまでも1にならない幸福

808 いつまでも1にならない幸福  青年期のTolstoi が鏡の前に何度もやって来て、いくら繰り返し見直しても、その魂は、醜く、口許は愚かしげで、上品でも男らしさもなく、凡そ高貴とはいえない虐げられた百姓の顔貌に身を窶していて、頑として訂正されることはなく、ただ恥ずかしいのであるが、これは、魂が顔に顕れる、というような跳躍的な乱暴な思想に少なからず冒されているために、コレガオマエナンダゾ、と突きつけられて不本意なのである。清浄な信仰が癩病や佝僂病に身を窶してしまうような苦悶であるが、善以上の何か悪以上の何か、Sphinxやフランケンシュタインが悪相であるというのであれば、その悪相が映し出されているのである。しかし、それは悪相というよりは善悪に解離しない混合種の相、怪物の相、半具体である。  つまり、オマエハ誰ダ、と問いかけられエコーする「ナルキッソス的なもの」、いつまでも或る何か(1)にならない輪郭喪失のために全身が性感帯に変質するのである。Tolstoi の長大な叙述は、この拡張した性感帯を(鏡の中の救出を待つ症状を)走査するのである。この半人半獣は、財宝を守護する怪物のように、鏡の中の救出を待つ症状を守護するのであって、いつまでも1にならない輪郭喪失から脱け出そうとするのではない。

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