Monday, August 08, 2016

碧空823 (道端で金貨を拾うような)フリーメーソンの効果

823 (道端で金貨を拾うような)フリーメーソンの効果  「力への意志」(Nietzsche )、この「力」は能所の解離しない呼び声であるから運命や本能への意志、といったものがそうであるが、それは、思考の恐慌である。この、目の位置異常は、戦場で倒れ気が遠くなっていく(というより小さく小さく土くれになっていく)アンドレイ・ボルゴンスキーに「高い空」となって宙に浮き、肥満体のピエール・ベズーホフ、莫大な財産を唐突に相続するばかりか美女の肉体も手中にして、というよりヨーロッパの思想を贅肉のように鎧って抵抗していたのに不意に武装解除に追い込まれた、この、贅肉となって輪郭を探している私生児には「服従発作」となって蔽いかける。(「戦争と平和」Tolstoi)  この私生児に降りかかった僥倖(思いがけない贅肉)は、道端で金貨を拾うような(誰にも見られていないが、隠れない)目の位置異常で、美しい妻の密通のうわさに人知れず妻を折檻して空しく狐を叩き出そうとするような嫉妬(発作)を前触れにして、「服従発作」に症状をグロテスクに変奏するが、この変奏の展開が、この私生児を包囲して監視し始めた秘密結社の気配、まわりの誰もがフリーメーソンになって遍在し始める気配である。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home