碧空833 二人ナターシャ(神的Eros)
833 二人ナターシャ(神的Eros)
スハリ塔の近くで、モスクワを離れる途中のナターシャは、姿を晦まして身を窶したピエールの変装を見破る。それは、身を窶したオデッセイアーの変装を見破った犬のように極度に弱い視力であるために(何か能力を欠いているために)いつまでも1にならない究極の隣人を透視することの暗示である。
ピエールは、ボロジノ戦野にタイム・スリップしたようにして、スハリ塔の近くにも出現して通りかかる。この、物語からの生還(目の位置異常)は、解としての魂と、霊的形式(問)としての魂が解離し切らないで、心臓の脈動が迫るのである。それは、復活(の頓挫)の暗示である。
この「起こらなかったことを思い出す」裂目は、ロシアの百姓が危機に際して村を打ち棄て、東南の暖かい川へうねって移動することが、潜熱のようにして(予言の水準で)ロシアの民に潜んでいるように、潜んでいる。黙示録の「666 」の暗示はピエールを駆り立てるが、それは、危機に際して心臓の音を探す症状が、大伽藍、高い星空、1812年の大彗星、モスクワ炎上というように転移しているのである。
アンドレイが重傷で生死の境目を彷徨うことはピエールが贅肉となって輪郭を探し索めるようなもので、その、いつまでも1にならない境目で何かが起こるとすれば、それはうわさのように漂って問いかけるスフィンクスであり、その擬態疲労が、ナターシャの姿をして小さく小さく身を窶した神的Erosを見破る。
それは、無量の残り惜しさとなってむさぼるように予期していた心臓の脈動(誰かがいるはずだ)である。こうして、復活(の頓挫)が二人のナターシャに分割されて、心臓の音はむさぼるのである。この分割の収斂(目の位置異常)が、零度の捕食である。(碧空832)


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