碧空851 (のぞき穴になって)何か無心
851 (のぞき穴になって)何か無心
「ゴロブニン船長の松前幽閉が解けたその歳、ペテルスブルグの都から日本国への贈りものは、一個の時計だった。それは、発条を充たせば、川の如きものが横に流れ、馬首が出て来て水飼う工夫だった。
(何か、惜しい)」(「洩れる白い息」繞々乎11号 草森恒四郎)
のぞき穴になることは、存在の能所が解離しないで場所が意味にスリップするのである。この漠とした気配が無心であるのは、心が届かなくなるのである。というのも、それは、擬態が解けて法則的にも歴史的にも支配されなくなるからである。
タイム・スリップは、いつまでも1にならない届かなさを、ものがいつまでも意味にならない届かなさを模写する。何か惜しい、といった痙攣である。一目惚れの「見てはならない影」も、こうした痙攣(just off)である。


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