Wednesday, September 28, 2016

碧空857 実体へ出ようとするスリップの猛威

857 実体へ出ようとするスリップの猛威  忽光は、解離しない問と解が忽光となって消えるのであって、問と解が解離した次元には出現しないのであるから、保存不能である。それは跡形もないが、程度としてのはかなさとは次元が違う。場所となって潜伏した問が意味にスリップするイロニー(この世ならぬものの忽然とした出現)であり、ポンスの宝物(Balzac)はこのイロニーの目じるしに過ぎない。相続が及ぶのは、この目じるしまで、一般的価値に解消した宝物までである。  この解消は、貨幣といった媒体に換算されて忽光のイロニーが秘密になる零落、意図せぬ死蔵である。それは、「ハーレム」の散逸を防ごうとする死蔵とは次元が違う。「ハーレム」の実体を探り当てようとするような一般的価値の不断の浮動は、スリップするイロニーの擬態なのである。  スリップするイロニーのように、一般的価値の不断の浮動も猛威を振るう。反「対の胡桃割」の生態とは懸け離れたボヘミアンの生態を庇護するかのようで消化してしまうのはこの俗世間の勢力であるが、それは実は、相続や交換を通していつの間にか突出、偏倚を擂り砕いて均してしまうだけでなく、まるで実体へ出ようとするような一般化の猛威を(コントじみて)代表するのである。

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