碧空858 スリップするイロニーの目じるし
858 スリップするイロニーの目じるし
海幸彦が元の釣り針に拘るのは一般化に抵抗するのであるが、ゴプセック的な金の蒐集は抵抗しない。元の金貨を返せとは言わないのであり、その金融は媒体の駆使(その都度個別化されて私的になる価値の解釈を省く駆使)を通してひたすら一般化することに貢献するのである。
Jesus Christの「反対の目も差し出せ」式の負の賠償は、「目には目を」式に償いを要求するのでも、海幸彦式に元の目を戻せと要求して一般化を拒むのでもなく、復讐とは懸け離れているようでしかも何かひどく復讐的でひるませる。目を戻せ、戻らないのなら埋め合わせろという同一のもの同種のものの次元の要求は、霊的形式が解けて問と解が解離する零落の次元であるが、責めとしての記憶(霊的形式)はunlearn するのであり、戻ったこの世のものとこの世が解離しない「世の光」の(スリップするイロニーの)目じるしであるかのように、この負の賠償は、何事だろうと思うような唖然とする異様振りなのである。


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