Saturday, October 01, 2016

碧空859 負の賠償

859 負の賠償  同一のもの同種のものの次元では、個体は決して埋め合わせられない。それは、いつまでも1にならないことが1であるような頑固な観念であり、実体に出ようとするとタイム・スリップしてしまうからである。  unlearn 、記憶(予期としての霊的抽象)を具体(この世のもの)に戻す、と同時に忘れてこの世となって潜伏することの、その二重性が解離するのではなく、解離しないためにスリップするイロニーの、その目じるしが負の賠償である。  霊的なものがそのままこの世のものにスリップする、そのことの探求が「絶対の探求」(Balzac)であるが、unlearn の二重性が解離する方へ振動する限りでは即興的スリップから個が出現してしまって「絶対」の探求は頓挫し、探求のエネルギーは転移してまう。クラースの場合、そのむさぼるような予期と焦燥は、せむしの「ジョゼフィーヌ」からタイム・スリップしない「賢者の石」に転位する。  一体、負の賠償とは何か。「反対の目も差し出せ」式は、寛容や気前の良さというような程度としての要請なのではなく、存在がこの世のものにスリップする、その、無差別にして特別であることの(戦慄的な)生贄振りである。クラースの偏執は、度外れな散財どころか「反対の目も差し出せ」式に「賢者の石」に呼び出されて「絶対」を探求するのであるが、この負の賠償は、自由、孤独、思考を脅かして迫る気配なのか、救済の気配なのか、区別が冒されている。

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