碧空861 救済と擬似救済
861 救済と擬似救済
硫化炭素とダイヤモンドの間に出現しては取り消される種がまるで実体であるかのような探求が、「絶対」の探求であるが、錬金術師クラースとその娘マルグリットとの間に出現しては取り消される「反対の目も差し出せ」式のスピリット(負の賠償)もまるで実体であるかのような罪の相続である。(碧空859、860)
言葉や貨幣は、媒体であることの罪の相続の転位であるが、この転位は、相続するというより(極端に私的なものを極端に私的でなくして)贖うことに変容した、擬似救済である。
万物の救い主は、万物をなしで済ませる。救う側と救われる側に分かれる、その間には深淵が、絶対の不平等が震えている。
この、「私」なしで済ます、というような息が頬にかかる、例えば、しき波が打ち寄せる浜辺に出る無量の思いは何か救済じみた変容である。この無量の思いは、呼び出されているのか取り消されているのか区別がつかない。それは、この世そのものなのである。悠久は、場所をこの世のものにする影としても、この世のものとしても、意味である。


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