碧空862 八百羅漢のように発芽する
862 八百羅漢のように発芽する
産婆が(無我になるまでに器官を延長して)取り上げるピラピラした赤ん坊が「仏様のようじゃ」というのは(「千年の愉楽」)、切断された極端に私的な陽根を極端に私的でなくして贖おうとするのであるが、それは茶釜に入って祟る。有性生殖は変装に過ぎず、切断された「仏様」が、全体を要約、抽象する手相のように出芽する、八百羅漢のようにニョキニョキ発芽するのである。
産婆のハーレムの、この「仏様」のような赤ん坊は言葉や貨幣のような媒体である。
生殖のために雌雄に分業してからというもの、種が分業を通して生産しようとするものは資本主義が追究する「誰もが欲しがる物」を目指すはずであるが、それは結局、発信と受信の分業の媒体ではなく、媒体としての子孫である。精子が種々の卵子を輸入あるいは逆の体外受精、それに付随する分業の追究以上の追究があるものだろうか。この新しいハーレムは、種々の民族の卵子と精子を掛け合わせて、遺伝子の組み合わせや予期せぬ突然変異も含めてどのような子孫、どのような雑種が出て来るかの実験である。


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