碧空870 apparition-like suddennessに抱き竦められた「1928年4月7日」
870 apparition-like suddennessに抱き竦められた「1928年4月7日」
「1928年4月7日」(「響きと怒り」W.Faulkner)の、その、物語からの生還は、白痴であることからの(深刻な記憶喪失からの)覚醒と、同じ神経経路のもう一つの解(unlearn )とが交錯する。というより、その同じ神経経路が嗅ぐ二つの解はparallelである。その、同じようにベンジャミンと呼ばれる「私」を鎧ったもう一つの解は、蜥蜴の尻尾のようにベンジャミンを代表すると同時に代表しないために危機に面して切り離され、危機に面して深海の生物から発光体が囮となって遊離するように発光し、茶釜に入って祟る。それはまるで、白痴であることから覚醒してみたら白痴のベンジャミンが、確かに同じ神経経路からエクトプラズムのように脱け出してうろつくので戸惑うというふうだ。ベンジャミンと呼ばれるのぞき穴の能所が解離したこの世を、能所の解離しないもう一つのベンジャミン(いつまでももう一つのベンジャミンにならないのぞき穴)が占めようとして頓挫するのであるが、このスリップが、白痴であることからの覚醒の不意の(癲癇じみた)場面転換やタイム・スリップに転位するのである。
このスリップとapparition-like suddenness に抱き竦められた転位は、配管の中に入って配管になるまで獰猛に寄生して祟るAlien の、その、もの凄い速度と出没に匹敵する。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home