Thursday, October 20, 2016

碧空872 ヨシャパテの谷ではそうなる

872 ヨシャパテの谷ではそうなる  クェンティンの父が言うには、時の行列は光の中を歩むJesus Christ(かベンジャミンの単一の神経経路の諸解)のようなもので、Yoknapatawpha にparallelに打ち寄せるだけでなく、見かけは「再登場」で、その、もの凄い速度と出没の妙は誰と入れ替わったのか分からないからである。  キャディはキャディーとなって、クェンティンは娘の姿で(しかも恐らくキャディの面影で)復活し、ベンジャミンの身の回りに蠢きのたうつ人々が壁に架かった鏡の中に入って次元減衰するというふうでもある。大地震のど真ん中で基軸が崩壊して方角を喪失するとまるでTVの画像のようになって宙に浮いてしまう、そうした媒質変化、隠れなさなのである。ヨシャパテの谷ではそうなる。何もかもがスリップする。  「Absalom Absalom」(W.Faulkner)に呪われたように「再登場」するコンプソン家のクェンティンは、そんなふうに壁に架かった鏡の中に入って次元減衰し、釘づけになり、絶対の不平等に合流する。なしで済むものだけが「再登場」するのである。

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