Wednesday, November 16, 2016

碧空890 究極の混血の「壁に写る影」

890 究極の混血の「壁に写る影」  究極の混血は世界の終わりである。Erosが取り消され、個虫が部分の振りをするからである。廃墟同然の1910年のサトペンの屋敷に息づくのは、ジム・ボンドのtabula rasa の気配である。その気配が、個虫が部分の振りをする発芽の前兆であるのは、混血の鼠蹊部であるニューオリンズでチャールズ・ボンが混血女に産ませた四つの名を持つ息子チャールズ・エティエンヌ・サン=ヴァレリー・ボンが猿のような小さい黒い女に産ませた混血の衝動の精華だからである。それは、十字に釘づけに架かることの(個虫が部分の振りをする気配の)「壁に写る影」である。  同じようにして、トマス・サトペンが土地と広壮な屋敷と舶来の装飾品と舶来の装飾品としての20人の漆黒の奴隷を以てしても足らない、何かが欠けていると感じた、その何か、それはジェファソンでの信用や徳などではなく、コールドフィールド氏と密約したのは闇商売である以上に混血なのであるが、清教徒との混血のためか、サトペン荘園に忽如(apparition-like suddenness)出現したチャールズ・ボンが純血の夢想に反した他の誰かに見えてしまう。その、混血の都市ニューオリンズの闇に映し出された姿はナルキッソス的なもので、サトペンがボンをまるで魅惑されたかのように排斥しないではいられないのは重婚や近親相姦などという違法性からではなく、それが(壁に写る影が)他の誰かでなくてはならないからである。  同じようにして忽如、チャールズ・エティエンヌ・サン=ヴァレリー・ボンが処女のまま未亡人同然で清教徒のジューディスに四つの名を持つ12歳の白人にしか見えない混血の孤児の姿で出現したために、この異常な出生は、サトペンが漆黒の奴隷の中の一人に産ませたクライティに更に産ませたのではないかというような噂になって漂う。この「異常な出生」は、混血の「壁に写る影」が(個虫が部分の振りをする)発芽であるということである。つまり、「異常な出生」の話は、Erosの最終状態が無性生殖であることをまるで想起するように予言している。  それが、1910年の老ローザに、サトペン屋敷に「誰かがいる」と薄気味悪く迫る気配、チャールズ・エティエンヌ・サン=ヴァレリー・ボンが少年の頃にサトペン屋敷の壁や空気から吸い込んだトマス・サトペンや四つの名を持たないチャールズ・ボンの挑戦、というよりtabula rasa へ、誰が話しているのか分からない「伽藍」へ粛まる南部のエクトプラズムなのである。(「Absalom,Absalom」)

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