Friday, December 09, 2016

碧空905 自食の範疇

905 自食の範疇  三票の差で(程度としての差で)、死刑の宣告の、その奇妙な差異(絶対の差異)にスリップする。運命の成就が三票の差という思いがけないしかたで誰かに入れ替わったかのようにソクラテスに襲いかかるが、それは予期の範囲の異常接近で、その弾力は自食の範疇である。ソクラテスが不思議に思うのはそうなる気がしていたようなのに思いがけなく迫るからであり、三票という根拠のない数のふしぎは転移修飾なのである。  ソクラテスは種の関心を刺激し、誘惑して来た。知は、unlearnの二重の運動の、その想起することと忘却することとが解離する場合であるが、解離しない場合を自ら(まるで「誤って」)誘導してしまったのである。それは、普遍的なものに安らわない。エラーじみた運命の成就は知ではなく、誰と入れ替わったのか分からない自食なのである。三票の差と共に(大きく目を見ひらいて)ソクラテスは物語から生還する。  産婆術とは、実はこの生還の予感、この生還をこの世に隠れていたものとして発見するために種の霊的抽象の受胎(問)がこの世のもの(解)に次元スリップするように、まるで「誤って」導かれることだったということになる。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home