碧空939 種の夢が形を結ぶことの不思議は救いなのか救い難さなのか
939 種の夢が形を結ぶことの不思議は救いなのか救い難さなのか
種の夢は、前景が全背景を埋め合わせて罰のように形を結ぶ不随意の情熱が責めと責め苦に遠心分離し、潜伏した全背景は拡大すると奥行とホログラムに分解、疚しさとなって潜伏した種の夢が形を結ぶことの不思議を拡大すると遠心分離するのは悲哀とおかしみである。
前景の「壁に写る影」が全背景であるように、奥行のそれはホログラムであり、悲哀のそれはおかしみである。「源氏物語」を貫く種の夢が形を結ぶことの不思議が救いなのか救い難さなのか分からないように、「枕草子」を貫く種の関心が形を結ぶことの不思議はおかしみだけではない。光源氏があはれを連発するとそれはもう不随意のユーモアとしか思えないように、清少納言がおかしを連発すると箸が転がってもおかしがるような萌芽が実は「何をしようかというような春愁」(柳田国男)のような焦燥であることが分かるし、この世が形を結ぶことの不思議はあはれとおかしとをかしに遠心分離しないのである。


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