碧空940 「シュムパラネクローメノイ」(Kierkegaard)の焦燥
940 「シュムパラネクローメノイ」(Kierkegaard)の焦燥
自在にものを出したり消したりできる力、しかし、何を思いつくかが自在であるように導かれるのであって、遠近法の効果で自在に思え主導的に見えるに過ぎない。前景はいやおうなく全背景に導かれてしまうのであり、自在に思いつくことなどはできない。有性生殖的な遠近法の効果(the Erotic)で、ファウストの直前には一つの萌芽、新緑が出現し、ドン・ファンの直前には一つの萌芽が次々と方解するように見えるが、それは種の夢に導かれているのであって、主導的に見える誘惑は擬似的である。
メフィストフェレスのような地下の勢力との契約は、こうした種の夢の黙契のおさらいのようなもの(すなわち反省)で、誘惑の能所の分業が二重(誘惑と被誘惑、メフィストフェレスとファウスト)であるが、魂の危機に面してファウストは、自在にものを出したり消したりする力をメフィストフェレスにひとつ試してみようとは思いつかない。しかし試してみたとしても、奇計を以て魔法使いがネズミに化けた瞬間に跳びついて捕食してしまう、あの、舌なめずりする長靴を穿いた猫の「壁に写る影」が魔法使いの姿をしているはずであるように、メフィストフェレスはファウストに入れ替わるのである。
全背景が前景の振りをする「シュムパラネクローメノイ」(undead状態)は自食の範疇で、ファウストもドン・ジュアンも、その再生は誰と入れ替わったのか分からない。ドン・ジュアンを導く(従って脅かす)種の夢の1003の解、その変奏とフーガは、誰に取り憑かれているのか分からずに焦燥状態で「壁に写る影」に導かれてしまう(脅かされてしまう)。


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