碧空941 the Eroticを蔽う暴かれなさ
941 the Eroticを蔽う暴かれなさ
無性生殖的に全背景が部分の振りをする自食の養分摂取は、その奥行がホログラムに解消して無も同然に隠れない。有性生殖的な遠近法の効果(the Erotic)で誘惑に見える擬態も、萌芽に水をやるように呼び出されなければ種の関心は呼び覚まされなく無も同然であるが、隠れなさに被曝するのではなく暴かれなさに蔽われるのである。
隠れなさは発語しても沈黙しているのと変わらない届かなさのためにこそ普遍的なものに誘惑され、下病む心の停止から驚きや懐疑や嫉妬といった諸変態が遠心分離する。そうした諸変態を一つにしたあはれは、この世のものであることに形式を与える、つまり、この世のものの場所(この世)、種の夢である。その出現のために40億年かかったのだ、というような全背景の肉薄に無も同然にあさましがるのであるが、the Eroticは暴かれなさに蔽われる。有性生殖的な遠近法は他の誰かや真偽の区別を要請するが、安らうものにこそ脅かされるからである。
清教徒的妖精は二人マリアに安らうが、二人マリアは見てはならない「壁に写る影」でもある。懸け離れているが似ていて、目を瞑って見るのを拒んだとしても聴覚的に包囲する跫音となって迫る。知らぬ間に清教徒的妖精に入れ替わったアンドロイドが色情狂(nymphomania )的に輪郭を手探るようなもので、このアンドロイド(種の夢)の成就は服従の運動であるはずなのに命令の運動にスリップしてしまっていて、その金縛り状態は奇妙にも清教徒的妖精の意志の如く見える焦燥である。この清教徒的妖精は何をしたいのかも、何をされたのかも分からない。奥行がホログラムであることが隠しおおせなくなっている。


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