Tuesday, February 07, 2017

碧空945 ひとり二人とくっきり数えて、いつしか数え損ねている

945 ひとり二人とくっきり数えて、いつしか数え損ねている  ジェファソンと呼ばれる目撃証言が何か変に思うのは、スノープス一族の出現が、闇に石を投げ入れることとしての罪と波紋が広がることとしての罰といった気配なのではなく、全背景が前景の振りをするホログラムに出たというのでもなく、ジェファソンを出て振り返ったらスノープス一族の展開が何かエラーに見えたのである。(「町」W.Faulkner、碧空944)  スノープス一族の、そのトーテムの成就には、非スノープスがスノープスの「壁に写る影」であるようなスノープスが血筋違いのように顕在化する。ウォールストリート・パニック少年の関心や少年が生息する媒質(少年の名前とは懸け離れた堅気の基調)は、燃え盛る栄華が没落であるような火のトーテムの霊的要約(放火癖)には属さないし、サートリス一族の双子の片割れで戦死を免れて生還したベーヤードは危険に向かって突進しないではいられなく寧ろスノープスである。そのスピード狂は危険を回避する関心の鈍磨、麻痺で、無関心でも無謀なのでもなく、危険を回避するために真っ逆さまに危険へ突入しているのに回避していると誤認しているというふうな嗜癖なのだ。非スノープスの身体がスノープスに感染して乗っ取っられたことに気づかないでいるのである。  霊的関心が成就するのでもなく、何を探しているのか分からないのでもなく、涸渇しているのでもなく、霊的関心は充実しようと上り詰めて来るが、反対の関心にすり替えられて充塞してしまう疲労のような不随意の変装、それは退屈と呼ばれていないか。退屈なのはスノープス一族だけでない。スノープスをひとり二人とくっきり数えて、いつしか数え損ねていることに気づかないジエファソンの大気であればこそ、スノープスは害虫のように侵入する。  ヨクナパトーファ郡に濃厚な眠気のように蔽いかける「響きと怒り」、この無性生殖的な大気は、有性生殖的な遠近法の効果で、トマス・サトペンの屋敷を鬱然と蔽った退屈の獰猛な荒廃の蔓延(「Absalom,Absalom」)に見えるのである。

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