Tuesday, February 14, 2017

碧空950 ユーモアの極

950 ユーモアの極  懸け離れているが似ている規定(「壁に写る影」)が受肉して共にある余計なものは、前景の振りをする全背景である。つまり、それは霊的関心の受肉であるが関心を惹くものとして再生する不思議な喪失なのである。  この不思議な喪失は、種の関心がずっと上り詰めて来ているのにいつまでも受肉、再生しない愁いや焦燥や憧憬といった何か埋まらない欠如の気配とは違う。それは、霊的に圧縮されたものが充溢する現実なのに、霊的抽象が具体に戻る再生なのに、致命的に取り戻してはいない気配なのである。それは、「幽霊を見つけたのに自分を探しているようではない」といった不思議なかなしみに酷似している。狙撃が盗まれているのに無関心が脅かすように迫るユーモアの極である。超絶的に阻むものなくしき波が打ち寄せる浜辺に出る、あの気配である。

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