Sunday, February 26, 2017

碧空958 霊的1の再生(物自体であるはずがない)

958 霊的1の再生(物自体であるはずがない)  怪物は、ソコニイテソコニイナイように媒質となって守護する。これはのぞき穴の出現でもあるから、怪物は場所になって(あるいはタイム・スリップして)単に窃視的になるというだけでなく、反省を極めることになる。  こうした、場所や媒質の振りをする怪物が映し出すことになる反省の極(腹話術のかかった反省)では、再生が沈黙(言葉にならない予期)からの思いがけない救出であるにしても、その救出は個別化に抵抗する一般化なのか、一般化に抵抗する個別化なのか分からなくなる。種が個の振りをする1の形式も、全背景が前景の振りをする1の本質も、すなわちトーテムの再生は、忠実な献身なのか思いがけない抵抗なのか見極め難いのである。  霊的1の再生は、一回も起こっていないのにいきなり二回目、といったように腹話術がかかっている。N.Hawthorne を通して出現した、あのWakefield が場所や媒質になって不覚にも守護することになる、あの、死後のこの世であるはずの思いがけない景色に出るのである。それは物自体であるはずがない。本当の持ち主の接近に感応して思いがけない景色なのであり、「幽霊を見つけたのに自分を探しているようではない」というような景色を陰画として(不思議な眠気に覆われたままに)反転したものなのである。

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