碧空983 光るメンフィス1(漠とした焦燥)
983 光るメンフィス1(漠とした焦燥)
ミンク・スノープスの長い懲役の後で、その、大旅行とも修道僧のように閉じこもるともつかない不在を解いたミンクを、他の場所へ移動する距離感の麻痺や喪失が襲うが、それは、時間の経過する気配の失効、脱落から、メンフィスに現れたミンクの時計はひどく遅れていて、移動するには時間がかかるのではなく、場所がかかるのである。つまり、メンフィスに再び到達するのに44年かかったのではなく、タイム・スリップしたのであるが、遠近法の効果からは、ウラシマのように、まるで他の誰かの記憶が降りかかっているみたいに一気に時間と消耗が経過してしまうのである。
この経過の気配はun-dead 状態であるが、擬死の瞬間に冒された日常の、現在と呼ばれる遠近法の効果からは生活に見えるのである。死の内蔵が、瞬間しかない日常性を、漠としていつまでも終わらない気がするようなイロニーにする。
光るメンフィス、光るのはミンクが接近したからであり、関心を引くメンフィスの無関心振りに、その存在の受身、自発、尊敬、可能の区別がおかされてミンクが隠れないからである。
「その頃は、堤防にそって、遠くのカイロとかニュー・オールリンズからやってくる、スタッカー・リーとかオザーク・ベルとかクレセント・クイーンとかいう名前をつけた船が並んでおり、彼がそうした船を眺めているうちに、すれちがって通りすぎ、堤防の上では馬や騾馬の引く荷馬車ががらがらなったり、沖仲仕たちのうたう歌声が聞こえたりし、その間に棉の梱や木のわくをはめた機械類やその他の袋や箱が渡り板の上をいったりきたりするのであり、岸にそって並んだベンチにはほかの人たちがいっぱい腰掛けていて、彼と同じようにそうした光景を眺めていた。しかし今は、ベンチには人影はなく、古い大砲と大砲のあいだにある石の胸壁のところまでいってさえも、川の感じはなく、広大ながらんとした広がりがあるだけで、ただ湿った暗い冷たい風が、広大ながらんとした川から吹き寄せてくるだけであり、そこで彼は木綿のシャツの上に着た木綿のジャンパーのボタンを早くも止めだしていた。そこでは物音はまったく聞こえず、聞こえるのはただ背後の市の眠ることなく絶えずつぶやいているつぶやきだけだし、また動いているものといえば、川のはるか下流にある橋の上をほんのわずかずつ這っているように見える自動車だけで、それは情熱と興奮のあの絶え間ないつぶやきの方に向かって急ぐと同時に、その中に引きよせられていき、彼の方はそのつぶやきの逆流の中にまごつきながら迷い込んだものの、あまりにも長いあいだ留守をしたために勝手がわからず、見捨てられたような感じだった。・・・
そこで、彼はあの輝く光とつぶやきの方へと引き返すと、ぶーんというコンクリートの反響はまだ眠ってはいなかったが、上にあがるにつれて次第に薄れていく煙や蒸気みたいに、どこか使い果たした感じがあり、それゆえ今残っている反響は、建物の上の出っ張りとか軒じゃばらのあいだなどの高いところにあるのだった。・・・」(ミンク・スノープス W.Faulkner)
隠れなさの気配は、どこか見捨てられ、使い果たした廃墟の気配に変装していて、何か(巡査が接近して来るように)認識されたとミンクは感光する。


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