碧空1037 場所の覚醒、意味の覚醒
1037 場所の覚醒、意味の覚醒
迫る追跡の気配は、持ち主のいない「私」というものの疑わしさに脅かされていることの変装、1の「壁に写る影」が0.9・・・ であることの、その不正義の症状の変奏であるが、この「自由、孤独、思考」と「狐憑き、類、生首」との間の決壊である人格の揮発は、他の誰かとなって想起する献身や、寂漠が襲うのである。
一体、寂漠は、場所が宙に浮くのである。潜伏しているはずの場所がこの世のものとしての場所に脱皮するかに見えて、脱皮が揮発し、場所の場所が浮上してしまう。場所が潜伏しないのであるが、場所の場所は意味であるから、意味も宙に浮いてしまうのである。これは無も同然であるが、疚しさとなって潜伏している場所や(もう一段背後の)意味の覚醒でもある。
この、場所の覚醒、意味の覚醒は、解として脱皮するのではなく、問として揮発するのである。場所や意味が潜伏する限りで現在は広がり、時は流れるから、「思いがけない景色に、和蘭陀へ流される」のは、場所の覚醒、意味の覚醒へ「流される」のであって、つまり、この「流される」は、時間がかかるのではなく、場所がかかる瞬間移動である。


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