Wednesday, July 05, 2017

碧空1043 BIBLEの光源と時制

1043 BIBLEの光源と時制  雌雄異体の双生は、世界の始まりと世界の終わりの配偶となって想起され、道徳が本能から、擬似過去が運命から脱皮する振りをするが、その対の間が解離して爆発的に現在が広がる限りで、「むかしむかし」は経験か伝聞の領土になる。しかし、その領土を照らすのは、対が揮発して現在の広がりが一気にしぼむ間の決壊、すなわち目の出現である。現在の広がりが照らすかに見えるが、それは、現在が広がるかに見えるのであって、間が解離した(技術革新としての)遠近法ではなく間が解離しない配偶の揮発が光源なのである。  BIBLE は光源を隠し、遠近法を大気として、光源(雌雄異体の双生)が言葉の振りをする。世界の始まりと世界の終わりの配偶を媒体にして(世界の始まりと世界の終わりとなって)遡って話し始めるのである。言葉とは、世界の始まりと世界の終わりの配偶である。  つまり、世界の始まりとは種の夢としての言葉がこの世のものになるために自食し始める特異点であり、世界の終わりとは自食して若返る特異点である。それは、遠近法のなかで(すなわち、遠近法となって)個別化と一般化の配偶に見え、時間がかかる如くにして、前景と全背景の配偶にも見えて場所がかかる如くにして、配偶が揮発してしまう。その時制は、擬似過去なのである。  遠近法が世界の始まりに焦点を合わそうとすると不随意に世界の終わりに焦点を合わせてしまっていて、遠近法は解けてしまう。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home