碧空1044 持ち主のいない心の、責めるような出現
1044 持ち主のいない心の、責めるような出現
初恋は雌雄異体の配偶の想起なのに、配偶の揮発が光源なのである。この雌雄異体の双生のもの凄い最短距離は、個と種の間の決壊であるし、種の夢(霊的抽象)が疼くように具体を探す複雑さへの脱皮なのに全背景が責めるように前景を探す単純化である。タイム・スリップするのぞき穴が極端に私的に模写しているのは、この、もの凄い最短距離である。初恋の、のぞき穴に出るのには時間がかかるのではなく、場所がかかるのであって、その思いがけない景色は、はずかしくなるくらいに近いのにこんなにも遠い長目で「和蘭陀」に流されるのである。
「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」(F.F.Coppla )は、のぞき穴の向こうで、バレリーナの衣装で思いがけなく武装した少女が爪先立ちして孤然と稽古する景色に、「和蘭陀」に流されるのである。その時制は擬似過去、持ち主のいない心の、責めるような出現(apparition-like suddenness)である。
究極の器官の延長として持ち主のいない記憶を共にする献身は本能であって、個々の情熱が特別に試されているというのではない。葉隠的な献身は本能から脱皮する振りをするヒステリアで、「家」や「イタリア系移民」というような道徳が運命から脱皮する振りをするのである。


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