Tuesday, July 11, 2017

碧空1047 憤然としている

1047 憤然としている  悪を躱そうとして「悪の所在」を発作的に転移しても、「命の所在」というような前景の振りをする心臓に悪い。心臓は移らないのにまるで移るかのように過剰に振幅するからである。「悪の所在」は「命の所在」を脱皮する振りをするに過ぎないのであるが、それを心臓は拡大すると同時に縮小する痙攣を以て模写するのである。  こうした空振り転移が、恐れ怒り悔いといった模写発作的な動顛である。  しかし、心(前景の振りをする全背景)は、虫の居所が悪いともいうように、心臓に定住的に棲むというのではなく、胃に悪いともいうように放浪的である。「魂の所在」は空気に触れる脳すなわち目に移り易く、むしろ「命の所在」の放浪性が(更には)命と所在の間の決壊が、まるで他の誰かの魂のように薄気味悪く迫る魂の出現なのである。  この放浪は、恐れ怒り悔いといった動顛の、擬似脱皮する時制の差異にも及ぶ。現在の広がりの遠近法のなかで怒りから恐れや悔いが脱皮するかに見える。恐れや悔いの波瀾や渦が引いて(遠近法が解けて)なおも残るとすれば、それは嫉妬や疚しさと区別のつかない憤怒である。他の誰か「の」魂となって想起する献身、この「の」は同格も比喩も、主格も目的格も所有格も収斂していて、憤然としている。この擬似脱皮は、何ダロウというように憤然としている。

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