Friday, July 14, 2017

碧空1049 (塵埃となって侵入する)魂の冤罪の時制

1049 (塵埃となって侵入する)魂の冤罪の時制  雌雄同体が遠近法を身に着けて雌雄異体の双生に見えるように、自他同体から自他異体の双生に脱皮する振りをするのが魂の献身振りであるが、ぞっとするのは、冤罪でぶら下げられることである。取り違えられるのが鞄であれ「私」であれ時制であれ、塵埃となって侵入する魂の零落は、冤罪を身に着けて姿が見えるようになる。Jesus Christの釘づけの姿が見えるのは冤罪となって経過するからであって、贖罪であるからではない。  魂は生き延びるために他の誰かとなって想起する献身だけでなく、嘘を身に着ける。嘘となって本当の振りをする。それは、隠れなさを躱そうとして隠れるために目を瞑るようなもので、本当というものはおかされている。自他同体の魂が他の誰かとなって話して自他異体の双生に見えるように、真偽同体の魂から真偽異体の双生が擬似脱皮して妥当要求が発生するのである。  一体、塵埃となって侵入する魂は「私」や嘘となって唐突に献身や言葉が侵入するのであるが、責めるのは世界の始まりだろうか、世界の終わりだろうか。世界の終わりならば究極の善に、世界の始まりならば究極の悪に責め立てられるのである。爆発的に広がる現在の、その善悪同体が善悪異体の双生に振れることが冤罪の起原で、冤罪の時制は基督教的にもSF的にもなる。

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