Saturday, July 22, 2017

碧空1054 擬態疲労が憂愁のように眠気のように覆う 

1054 擬態疲労が憂愁のように眠気のように覆う  世界の始まりの取り返しのつかなさが埋め合わせるために、取り返しのつかなさを埋め合わせる世界の終わりとの間が決壊しない。このようにして、爆発的に光が広がって配偶が揮発しない間は、種の夢がこの世のものになるためにこの世のものが鎧う直しさを尋ねて彷徨う究極の、その暴かれなさは、「私」が代表する「自由、孤独、思考」が剥奪された隠れなさと、懸け離れているが似ている。「自由、孤独、思考」の剥奪が被監視状態であるように、暴かれなさは冤罪状態なのである。  直しさの暴かれなさは狐憑き状態のようなもので、その何か正体の知れないものを他の何かとなって写す媒体が貨幣の光で、取り返しのつかなさを贖罪的に埋め合わせるのである。しかも貨幣の光は言葉の光のように、他の誰かとなって話しさえする。  その贖罪的追跡の光は、全背景が前景や表面や痕跡の振りをする嘘を発見しまくるが、直しさは擬態の気配を消せないで、擬態疲労が憂愁のように眠気のように覆うことになる。「魚服記」の如く、太宰的な記録装置は、情緒の影響を蒙った脈拍や肢体容積の変化を測ってミリメートルで表わす嘘検出装置、ロンブローゾ式ハイドロスフィグモグラフのようなものである。

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