碧空1073 身に余る知、身に余る片隅
1073 身に余る知、身に余る片隅
スサノヲは退治するためにではなく、八岐大蛇から光る太刀となって生まれ直すために遡上する。光る太刀が(光る太刀を、であるかのように)写し出す八岐大蛇は、種の夢と区別がつかない。スサノヲは爆発的に広がる現在を遡るのであり、遠心分離したどの時制も八岐大蛇の片隅である。光る太刀の存在の、遠心分離した主語は、漠とした場所としての八岐大蛇であり、種の夢の気配は、この世のものとなって虚構の気配を消した霊的衝動、しかもこの世のものの存在の漠とした主語となって、この世のものが(この世のものを、であるかのように)写し出す場所である。
このようにしてスサノヲとなって想起する献身は、騙されている振りをするのである。それが、漠として知り過ぎていることなのであるが、それは、制圧としての知の感じではない。何か身に余るのである。
これが、この世のものの虚構の気配が消せない神話の時制、現在の振りをする擬似過去の気配である。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home