碧空1095 MOON WALK13(レーテの河)
1095 MOON WALK13(レーテの河)
レーテの河を渡る。とり返しのつかない変化と引き替えの再生であるが、存在していなかったものが存在するようになるかに見えるのに、霊的抽象の次元で予期されていたものが思いがけなくこの世ものになる変化、この次元跳躍、他の誰かとなって想起する献身は、忘却と区別がつかない。
記憶媒体そのものが再生(unlearn )で、この世のものの具体の次元では存在していなかった記憶媒体が、この世の抽象の次元では潜んでいたのである。この記憶媒体の次元跳躍(unlearn )が学ぶのは、何も変わっていないようで致命的にとり返しのつかない微細な変化、個の出現である。
その、何か惜しい、というような分離して届かない、鳥肌立ち粟立つ戦慄は、この世のものとこの世(種の夢)が解離しない気配の模写発作で、例えば、のぞき穴の向こうで機織る鶴女房の「壁に写る影」も、道成寺の若僧が釣鐘の中で大蛇の瞋恚の炎に抱き竦められて灰や異本ではなんと露に成り果てているシーンも、法廷に曝されたあたら18才のテンプル(「Sanctuary」W.Faulkner )の、小さく小さくしかしくっきりした隠れない憤怒の存在の落とす影が偽証の姿をしているというのも、この奇妙な気配の記憶媒体にして再生である。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home