碧空1108 MOON WALK26(分身も同然の半具体)
1108 MOON WALK26(分身も同然の半具体)
抽象画は、この世に意味や価値はあるのかという言葉になった問に似て、それは喉元に上り詰めて来る霊的抽象ではなく、半具体が風景なのである。
「Go down,Moses 」言葉になった命令は言葉になった問と同じく霊的ではなく、喉元に上り詰めて来る呼び声の解でもなく、分身も同然の半具体である。分身も同然の「走れメロス」の、その友情の発露は秘密の共有であるから、友情が公然となるのは身につけた呼び声としての友情が金縛りか、分身が丸見えで不覚にも恥ずかしくなる。
同じようにして、モーセは身につけた律法がエラーか、不意に恥ずかしくなって身を隠すはずである。カナンの眺望は、分身も同然の半具体にして、金縛りの抽象画のようなもので、モーセがカナンに入れないのは分身にぶつかって閊えてしまうからである。


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