碧空1120 MOON WALK38(いつの間にか移ろう)
1120 MOON WALK38(いつの間にか移ろう)
問としての主語は解としての目的語を場所となって映し出す。日常は、こうした問と解から出発してどこまでいけるかの演繹強迫で、写真強迫に通ずる。
写真は、主語、目的語、場所が遠心分離した文法そのものである日常性の、その、隠れていたものが顕れる効果を瞬く間に写し込むが、その効果は、魂が驚く覚醒とは何かまるで違う。それは魂が眠り込む効果であるが、日常がいつの間にか移ろうということは、日常がいつでも擬似過去に被曝していることの、朧げな気配である。
写真は、瞬く間を瞬間凍結するように、問としての主語が解としての目的語を場所となって映し出すのであるが、これは写真技術に先立っている。景色が場所であるかのように背景となって私的であることから脱皮する振りをするために「私」を映し出すことは、写真に限らないからである。


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