碧空1133 MOON WALK51(打ち寄せる世界の終わりに二足歩行が躓く)
1133 MOON WALK51(打ち寄せる世界の終わりに二足歩行が躓く)
扇と小さな包みと大きな腹を抱えて歩く太陽のような女体は、何か全てを知っている。その母体へ太古から打ち寄せる胎動が双子の気配であることに感応するかのように、二人ジョー、すなわちジョー・クリスマスとジョー・ブラウンがジェファソンの町にいることが分かり、しかもブラウンの方は女体が尋ねるルーカス・バーチが成り澄ましているのだと(ヨハネがキリストを見分けるように)分かるのである。(「八月の光」W.Faulkner)
女体は単に胎動を感じたのではなく、水平線が単に海と空が溶け合うだけでなく空間と時間の区別もおかされていて、そうした太古から打ち寄せる海辺に出たのである。この、爆発的に広がる現在が、静止しているが(同時に)もの凄い速度で進んでいる太陽が、いつの間にかなんて遠くへ来たんだろうとか、鏡に写っている顔は本当に「私」なんだろうか、といった驚きと懐疑の、その、もの凄い疾走である。
この、もの凄い疾走とは、日常の座標の崩壊であるから、その、場所の場所の浮上は落下も同然で、大気を寂漠や悠久にする。この落下は、二足歩行が立ち竦む基盤の崩壊であるから、問と解が解離しない実体の揮発から転移発作的に脱皮する振りをする個と種の解離、部分と全体の解離である法則的、歴史的日常がいつの間にか移ろう、その、もの凄い疾走の衝撃は、打ち寄せる世界の終わりに二足歩行が躓くのである。これは、二足歩行の遠近法に包まれた文法を猛禽類の鳥瞰が破壊するのである。
というよりも、二足歩行の文法が一度も離脱したことのないのに猛禽類の鳥瞰に連れ戻されるのである。


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