碧空1154 MOON WALK72(不思議な気休め)
1154 MOON WALK72(不思議な気休め)
殆ど現在(しかし)いつまでも現在にならないビッグバンの、爆発的な現在の広がりは、殆ど過去(しかし)いつまでも過去にならないも同然で、大あくびが発作的に打ち寄せる重波を、祈りが発作的にキノコ雲のように立ち騰るのを模写するのだとすれば、Faust の「時間よ止まれ」は何か変わったような何も変わらないような静止(極端な時間の拡大)を以て劇化するのである。
Mephistophelesは法蔵菩薩的で、教師が弟子の振りをする。仏と菩薩の間は段階の差ではなく、教師は弟子とならなければ伝道しないし、仏は菩薩とならなければ正覚しない。疫病を惹き起こした犯人が犯人を探す王となって山羊脚が空を切るように躓くのは、運命の成就が運命の覚醒に先立つ如くであるが、この双子のトリックが解かれるために半覚醒は推理に屈折する。探偵が犯人となって告白するかの如く犯人が探偵となって伝聞するのであるが、これは躓きである。しかし、オイディプスは推理するのではなく、半覚醒は恐喝じみた神託に屈折していて、あまりに本当らしいのでまるで罰を受けたとでもいうようであるし、ずっと知っていたという気にもなって(奇妙にも)気休めになる。それは、悠久などという爆発的な現在の広がりが(満足とはいわぬまでも)どうして気休めになるのだろうか、といった不思議に通じている。


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