碧空1173 MOON WALK91(ふしぎな黄昏4(無我も同然の決壊))
1173 MOON WALK91(ふしぎな黄昏4(無我も同然の決壊))
「・・・三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞で斫り殺したことがあった。
女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか、同じ歳くらいの小娘を貰ってきて、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。・・・何としても炭は売れず、何度里へ降りても、いつも一合の米も手に入らなかった。最後の日にも空手で戻ってきて、飢えきっている小さい者の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥へ入って昼寝をしてしまった。
眼がさめて見ると、小屋の口一ぱいに夕日がさしていた。・・・二人の子供がその日当りのところにしゃがんで、頻りに何かしているので、傍へ行って見たら一生懸命に仕事に使う大きな斧を磨いでいた。阿爺、これでわしたちを殺してくれ」といったそうである。そうして入り口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たのを見ると、くらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落としてしまった。秋の末のことであったという。(「山の人生」柳田国男)
この、物深い気配に、伝聞形式で物語る詠嘆はまるで居合わせたように迫ろうとする。所有ということを失う危険を冒す模写発作がイツノ間ニカモウ一人増エテイル!というように潜んでいて、「くらくらとして」迫るのは無我も同然に決壊するのである。
運命のもの深さは、その本当の持ち主が接近すると(光り出すのか、深々と膨れ上がるのか)それが誰だか分からなくなるように迫る。


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