Tuesday, March 13, 2018

碧空1210 MOON WALK128(種の夢の振動の気配)

1210 MOON WALK128(種の夢の振動の気配)  あの「麗子像」(岸田劉生)が片輪のように異様に小さな手であるのは、個にして(しかも)個を超え出てゴーストがかかった麗子がそれ以上の気配に包まれて萎縮している、あるいは膨れ上がっているのである。それは、あの「The World of Chritina 」(A.Wyes)のタイム・スリップした(重根だが何か違う)振動の気配でもある。Christina の右腕もいじけてふしぜんなか細さで何か目をみひらいている。  富嶽が思いがけなくのぞいている隠沼のような世の片隅が大気を寂漠にするようにではなく、富嶽そのものがふしぜんに大きく迫って肉薄するとすれば、それは、大気に屈折してそう見えるというのではなく、越冬地に一斉に渡り鳥が降りて来て殺到するように、富嶽の概念が純度を上げて種の夢、さらにはこの世ならぬものにまで極まるのである。  同じようにして、Hegel の概念は純度を上げて、屈折するようにふしぜんに大きく迫る。DaidalosとS.Dedalus の間が決壊するように(「A Portrait of the Artist as a Young Man」J.Joyce)、弟子となって蘇る教師は、弟子を殺す。

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