碧空1220 MOON WALK138(浄土じみている!)
1220 MOON WALK138(浄土じみている!)
化けて出る(従って身を潜める)方法でしか形相を現わせないおぞましさ(身を潜める恥辱)から、殆ど客観(しかし)いつまでも客観に転写されないで四つの位格(ペルソナ)の間に振動して幽霊じみもすれば何か一貫して不易にも見えるのが、魂というもので、本当の正体が知れない輪郭喪失の埋め合わせであるかのようにOLD NICKは、身を潜める(従ってのぞく)魂の位格を蒐集しないではいられないのである。
Mephistophelesは、Faust の、その、人知れず壁に写る影がむく犬の姿をしていることを教えるためにFaust となって想起する。Faust の人知れぬ恥辱は、むく犬が身を潜める献身からである。鶴女房が種を超え出るのではなく個を超え出るように、Faust の干拓事業が個を超え出る、その人知れぬ魂「の」忽光は客観に転写されない。
同じようにして、石牟礼の人知れぬ恥辱は身を潜める魂の四重の位格の爆発的な(浄土じみた)収斂で、癩や悪疫や陰謀が薄気味悪く迫るように水俣病の形相を現わして人知れず隠れないのであって、それは公然としておぞけ立つ水俣病とはまるで何か違う。
「この世の最終状態は既に始まっている!」気配は、浄土じみている!。隠れなさに被曝した、その気配を客観に転写する時間がなく、満ちて来ていた意味が解明されないままに震えているような焦燥、何だか分からない(いきなり頭を殴られたかのようにとり憑かれるが、他の誰にも見えない固定観念が何か試煉じみている、といった)気懸かり、疚しさは、発見されるようなこの世のものとはまるで何か違う。


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