碧空1229 MOON WALK147(グリンペン・マイアーの底なし沼)
1229 MOON WALK147(グリンペン・マイアーの底なし沼)
出埃及は、種属の危機に際して集合したアメーバがまるで一つの生き物になって移動するように移動するのである。それは、個体としてのユダヤを前触れる「種の夢」である。
デヴォンのバスカヴィル家(「The Hound of the Baskervilles」C.Doyle)の血が絶える危機に際して、グリンペン・マイアーの底なし沼に呑み込まれていくのは、自ら自らを追跡する先祖返りである。先祖返りして祟ることは(呪われていることは)、犯人が媒体であるということであるから、犯人は誰でもなくなる。Stapleton と名乗る昆虫の蒐集狂はバスカヴィル家の末裔であることを隠しているが、誰であれ名を騙るや、そこからバスカヴィル家の本当の語り主は揮発してしまう。しかし、個体としてのバスカヴィルを前触れないというのではない。
個の偏倚を罰して進化する種が移動する「種の夢」であるように、移動する「バスカヴィル家」の古代の柱状列石の如きいや継ぎ継ぎの肖像は、薄気味悪く肉薄する意味に身を潜めるしるし、すなわち個体としてのStapleton の前触れであり、「何でもない!」。場所に身を潜めたら爆発的に意味が(意味の振りをして)広がっていて驚く、というより世界の終わりが覚醒(おどろ)く隠れなさのように、意味に身を潜めたら爆発的にしるしが(しるしの振りをして)メンヒルのようにそそり立っていて薄気味悪く迫る世界の始まりを前触れるのである。
最後のBaskerville(Henry)が、事件のあと魂を癒すために世界旅行に出るのも、最後から二番目のBaskerville(Rodger)すなわちStapletonが昆虫の個と種の間の決壊を(実体の揮発を)追跡しないではいられないのも、「何でもない!」のに、それは魂の遁走の前触れだからである。
内戦の時代の祖先、Hugo Baskervilleが、燐光を放つOLD HOUND に喉を噛み破られた最期は、村の娘に懸想して、拉致、凌辱する助力を得るために悪魔に魂を売ったためと伝えられるが、しかしそれは、魂というものは魂の振りをする、その、本当の語り主の揮発ということであって、祟り返すのは、この、自ら自らを追跡する魂(OLD NICK)の底知れない遁走なのである。


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