碧空1258 MOON WALK176(焦燥と憧憬の光景)
1258 MOON WALK176(焦燥と憧憬の光景)
水の精とは、水のイメージであるが、その析出する位格が流通する媒体であれ潜伏する魂であれ、後れて来る主体である。つまり、あるはずの予定調和的な水というものの場所、居場所であるが、命令が次元跳躍し切れないでいる、うわさのような焦燥、憧憬なのである。
魂は他の誰かとなって伸る献身なくして想起しない。主体は場所となって潜伏するように出現する(後れて来る)が、それは1に満たないのに1の振りをする疚しさとなって潜伏する。主体の麻痺とは、1の振りが出来ない筋肉弛緩、客観に転写する余地がないのである。
この葛藤の二重性は、双子のトリックのように分岐しようと藻掻き、ゴシックの気配のように、多様に賑わい沸騰する躁状態の自然と単一に隠る鬱状態の惑星の間に裂けるのである。
同じようにして、Sherlock Holmes の二重の気分の冒険、犯罪の領分への窃視から蜜蜂の巣の精霊にのぞき込まれる隠遁生活がアメーバ分裂するのも、「The Spirit of the Beehive」(V.Erice)が、乗っ取られるような失踪の果てに水たまりをのぞき込む少女アナの顔と水たまりの底から満を持して浮かび上がるフランケンシュタインの顔とに裂けるようなものである。過冷却状態で耳を欹てていた騒霊がついに音を立てる、というふうだ。


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