碧空1260 MOON WALK178(Messiah「の」クローン)
1260 MOON WALK178(Messiah「の」クローン)
媒体性が変装した陰謀や追跡の気配が獰猛に質料化して宇宙空間にエコーしたものがAlien であるとすれば、その心霊化したものは乗っ取られて二重になる憑依、被寄生、被催眠術状態、遠隔作用であるが、それは、ゴシックの気配と融和するにしても、二重のトリックの解明へ駆り立てられるミステリの環境ではアレルギーになる。客観に転写された二重のトリックの主体は、のぞき穴や思想が盗まれているのではないからである。
一体、Messiah 「の」クローンは不可能である。その復活は、誰と入れ替わったのか分からない暴かれなさが隠れなさとなって覆う世界の終わりで、客観に転写する余地がないからである。Messiah はそもそも、あるはずの予定調和的な一卵性が個の振りをするクローンなのである。
誰もが隠れなくなるのでなければ隠れなさではない。伝教は不可能なのである。Messiah の出現は、誰と入れ替わったのか分からない遍在か(それは、普遍的、とは何か違う(というより)まるで何か違うのであるが)、誰もが催眠術にかかったようにとり憑かれている偽Messiah の疫病のような蔓延か、である。Messiah は何もしない。
死は具体としての個々の死体に出現するが、しかし、このような出現形式が魂であるから、死は、死と魂との区別がおかされる奇怪な特異点である。出現すると同時に潜伏する魂の、その暗示(予期)の次元跳躍(metamorphosis )は、とり返しのつかなさが埋め合わせ、それが客観に転写された変形は単なる隠喩で、とり返しのつかなさを埋め合わせる。隠喩は復讐的である。Messiah の隠喩としてのクローンというアイデア、受胎告知の隠喩としてのクローニングという技術革新は復讐的なのである。


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