碧空1289 MOON WALK207(去ると同時に留まる)
1289 MOON WALK207(去ると同時に留まる)
0と1の間には実数が無限にあるはずだが、それは無限にあるはずの自然数と一対一で対応するのか、という問が反直観的に響くとすれば、それは、基数と序数が混同するように交叉するからである。
飛んでいる矢は止まっている、といった論理のトリックでは、矢の運動が突破するはずの中間が今と混同される、というより中間の場所としての時間と解離しないで去ると同時に留まるのである。無限に埋蔵されているはずの中間と無限に次がれる序数としての時間が一対一で対応して反直観的に響くが、この、今というものの弾力性が、去ると同時に留まることなのである。中間を尋ね、見つかるとそれは消え失せる。中間は問としての時間の解であり、時間は中間の形式であり、時間が中間の振りをする(中間が時間を映し出す)、その中間の媒体性のために、距離は怪談じみるのである。
去ると同時に留まる(瞬間移動じみた)幽霊性は、客観に転写されると失踪に見える。王の命令で吊るされた95名とは違った絞殺痕をもつ96番目の死体には「死体を隠すのであれば死体の山を築け」式に特別扱いされて突出した個が出現していて、無差別に折り重なる他の95の死体のようにはこの世のものではないが、95の死体は0と1の間にあっていつまでも1にならない96番目の死体と一対一で対応している。つまり、95の死体のどれもが96番目の死体も同然に目一杯に拡張して一気に収縮、いつの間にかもう一人増えている!というふうなのだ。しかしそれは、96番目の死体のことではなく、95の死体のどれもが96番目の死体と引き裂かれたように癒着していて全体が部分の振りをする、という殺到である。(「One Corpse Too Many」E.Peters)
一体、この殺到は運動だろうか。中間に妨害された、運動の麻痺だろうか。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home