碧空1290 MOON WALK208(運命のやり直しの請求)
1290 MOON WALK208(運命のやり直しの請求)
不運にも夫も生まれて来るはずだった子供も失って若い寡婦となったジュディス・パールが、美しいとまでは言われないないにしても優美な花であるのは、なおも向日性だからではなく、修道院へ気持ちが遠去かって赤方偏移した悲哀に包まれているからである。
白い一輪の薔薇は、ジュディス・パールが修道院に提供した家屋敷の一年間の賃貸料で聖ウィニフレッドの移葬祭の日に納められることになっていたが、それは重なった不幸を埋め合わせる感傷を図らずも超えていく。その家屋敷に生えている薔薇の木に咲くはずの白い薔薇には、ジュディス・パールの知らぬ間に連鎖的に孕むことになる隠喩が、眠気のような憂愁となって蔽いかけている。
一つ目、修道院の規則正しい日常性は若い修道士エルーリックを物心つく前から庇護して来たが歪曲もされていて、漠として予期したままになって埋もれかけていた雌雄異体の気配が突然、薔薇を届ける任務を通して、女性となって(ジュディス・パールとなって)薔薇が咲き出すように姿を現わし、二つ目、その家屋敷を借りて青銅細工を生業としながら薔薇の木を管理しているルーンに(妻を亡くして幼い娘を当面は妹に預けなくてはならない青銅細工師に)赤ちゃんなら「誰かがいるはずだ!」と予期しているその「誰か」として薔薇の姿を現わし、三つ目、母性が(ジュディス・パールとなって)予期していたが憂愁となって崩れかけていたものが、青銅細工師の小さな娘となって薔薇となって咲き出るのである。
つまり、ジュデイス・パールと薔薇は引き裂かれたように癒着していて、このシャムの双子は、あるはずの運命のやり直しの請求なのである。その、もう一つの解は、悔い改めからではなく嫉妬から、ジュディス・パールに属するはずなのに打ち寄せる海のように無関心な薔薇の、その鏡像性が解けてこの世のものになるのである。
死体と誘拐ともう一つの死体と第三の死体が横たわることにはならなかった殺人未遂と続いた連鎖は、最初の死体のそばに残された靴跡が次の死体の穿いていた靴だったために孕むことになった双子のトリックが解明されることを通して正義が行われるが、この正義(埋め合わせ)は、この「薔薇」の嫉妬の鏡像性が解ける運命のやり直しと釣り合うのだろうか。(「The Rose Rent」E.Peters)


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