碧空1307 MOON WALK225(地層の露頭に出る)
1307 MOON WALK225(地層の露頭に出る)
後れて来る跫音が何か届かない無関心(の、その無)は、関心の欠如なのではなく、関心が届かないのである。私の跫音であるはずなのに戞々と他の誰かの跫音であるような真空の気配、それは、この世のものに影のようにつきまとう場所、この世のものの現実性である場所が、露頭した地層のように剥き出しになるとこの世のものの現実性が取り消されて何でもなくなるのである。
しかし、何でもないのに隠れないのは、一体何でもないことになるのだろうか。
古文書の奥地へ分け入って、鏡であると同時に鏡像であるような真空に出るとすれば、それは、古文書としての現実性が取り消されて偽書じみてしまうのであるが、その、露頭した地層のような可能性はどうして何でもないことだろうか。
剥き出しになった現実性は取り消されて可能性になる。剥き出しになったのは、鏡が同時に鏡像であるような(解が同時に問であるような)解離しない二重位格であるから、その媒体性は世俗では裁けない。「道具を探す神の意図」や「そそのかす悪魔の囁き」は、こうした世俗では裁けない媒体性を客観に転写しようとする基督教的翻訳である。


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