Sunday, September 09, 2018

碧空1329 MOON WALK247(俄然向き直る瞋恚)

1329 MOON WALK247(俄然向き直る瞋恚)  グルドゥルーは、反対のものにならないではいられない衝動の(あるいは、反対のものなのではないのかという懐疑の)隠喩である。スープを呑むグルドゥルーはスープに呑まれ、場所を占めるグルドゥルーは場所の場所になる、というように何が何だか分からなくならないために反対のものが打ち消されて解離する技術、すなわち擬態を鎧えなくなるのであるが、この傾向は気違いに見える。  涎は、口よよみて意わず唾液を顎に垂らすのであるが、赤ちゃんや気違い、蒐集に取り憑かれた人たちに観察される発作であるが、硬直が痙攣的戦慄の極であるように弛緩はその対極である。  欲望に支配され、駆り立てられるという矛盾は、欲望の放心で、その痙攣発作は戦慄か笑いか、極まって硬直か弛緩か。自殺へ導かれる欲望、擬死発作のエラーは、自らへの愛執の放心、その痙攣的硬直、あるいは弛緩である。  愛染明王、乗り移って来る限りで分身するエロス、その體を染め上げる赤色は瞋恚の相にして、愛育王は4万8千の側女を殺した。夜な夜な夜伽にしくじった新妃を殺したシャーリヤール王のように誰もが姦通しているように思われるのだ。しかし姦通発作こそはエロスであるから、自殺の忿怒が発作的に(エラーのように)他の誰か側女の身体に向かって噴出、転移したのである。それは、自らへの愛執の放心と貞操の放心が、すなわち擬死発作のエラーとまるで姦通発作のエラーのようであることが交雑、配合されて、変に微妙だがまるで照準を間違ったかのように瞋恚が俄然向き直るのである。

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