碧空1334 MOON WALK252(種の実験性)
1334 MOON WALK252(種の実験性)
ゾルゲに顕れたように、組織や民族や国を脱け出す迂回や擬装によってしか母体に帰属しない寄生が、コジモ(「木のぼり男爵」Italo Calvino )の冒険の場合、その、仮初めの解である自由と平等、啓蒙と技術革新の樹上が少なくとも現実であるために潜伏してそれと知らず使いこなされているものが異端や秘密結社や陰謀、追跡、包囲の気配となって薄気味悪く迫ることが微かに色めくにしても、それは、水面下(のBlack Water )にALIEN じみた大鰐の脅威が(深淵となって)潜むマングローブの樹上に追い詰められた(深淵のように)逃げ場のない(nowhere to hide )、you cannot make yourself heard in space と吹き替えられるような、隠れなさなのだろうか。
一体、ロビンソン・クルーソーに降りかかったのは、孤独なのだろうか、隠れなさなのだろうか。その生きる意味は、捕食なのだろうか、生殖なのだろうか。
程度としての自由、孤独は、絶対の差異を去ると同時に留まる寄生が鎧う擬態である。捕食は自由、孤独の輪郭を養うが、その現在は雌雄異体の気配であるから、その孤独はコジモの領地の断崖として姿をあらわした草原のように鬱然としているはずだ。この、世界の終わりの鬱勃は、種の実験性である。
一体、ALIEN は寄生なのか、ALIEN に寄生するのか。実験はそのようにして(いつの間にかALIENが放射線を出し尽くして変脱するようにして)辿る。一体、ALIEN は孤独なのか、隠れないのか。


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