Friday, October 19, 2018

碧空1356 MOON WALK274(正体を映し出してしまう鏡)

1356 MOON WALK274(正体を映し出してしまう鏡)  物語る構造は、種と個の関係の、その、去ると同時に留まる運動を「私」が具体の水準で反復する。「私」は遊んで、器官を延長して嫉妬発作を学ぶ。  あるじの勘気を蒙り、流罪のあげくに刑せられたはずの翁丸がぼろぼろに身を窶しておそるおそる戻って来たものの、しかしこんどは翁丸の身分を明かすわけにはいかないままに野良犬も同然に打ちすえられる。その、そこにいてそこにいない存在は(あるいは期待通りに別の生体に、しかしどの生体なのかは分からないままに転生しているはずの翁丸は)、鏡としての清少納言に映り込むと正体が(翁丸が)蜻蛉を切るように身震いして暴らさまになる。  後れて来る主体は、このようにして媒体なのであるが、それは映し出された正体を現実にする場所、この正体の最終状態を想起するのではなく忘却するまでに分身して器官を延長するのである。清少納言が体した虚構は(Jesus Christが体した虚構が復活、何処にでもいる!といった不気味な気配であるとすれば)輪廻転生であるが、そうした虚構を体していなくても、後れて来る主体としての虚構は症状のようなもので、正体を映し出してしまう鏡なのである。  それは、種と個の関係の隠喩である。この、物語る虚構(後れて来る主体)が種と個の関係をこの世のものにするが、種と個が解離する零落と解離しない落下の区別に無関心であると、その差別は消去されてしまう。

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