Tuesday, November 06, 2018

碧空1368 MOON WALK286(それは、途中までしか来ない)

1368 MOON WALK286(それは、途中までしか来ない)  一体、無の感じは、この世のものと潜伏する場所と後れて来る主体の区別がおかされているのであるから、この、そこのない気配であり、無が感じるのである。  神観念は、後れて来る主体が感じるかのように無が感じる、その、そこのない気配であるが、後れて来る主体が観ずるかのように、そこのない気配(落下)が遠近法を鎧ってこの世のものに零落するのである。落下であるはずの神がこの世を占めるように零落しても、その現実の遠近法は、そこのない気配に免疫にはならない。一気に、無の感じが襲い、後れて来る主体は脅かされる。神は途中までしか来ない。  しかし、それは、途中までしか来ないが、その、不意の遠近法の崩壊は、そこのない気配の浮上なのである。

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