Tuesday, January 29, 2019

碧空1424 MOON WALK342(ルクレシア(マハ)の励起、リゴベルトの仮声)

1424 MOON WALK342(ルクレシア(マハ)の励起、リゴベルトの仮声)  「着衣のマハ」と「裸のマハ」をルクレシアが模して2次元から3次元に跳躍するのは、解の振りをした「マハ」が問のように振る舞って、ルクレシアの肉体を素材にして伝達されるのであるが、ルクレシアの肉体となってマハの肉体が励起する、この献身的な伝達は、伝達されないから(しかし伝達されるかのように)流通するか、これから届くというように神通するか、あるいは、その中間でうわさのように漂うかである。  後れて来る主体に伝達する媒質は過冷却状態の(解離した)現在であるから、流通の伝達速度がのろいのは、後れて来る主体の、その、問と解が解離した(問が場所となって潜伏して、場所から藻掻き出た)自由というものの拘束と摩擦のためであり、途中までしか来ない主体の、その、問と解が解離しない(問が場所となって潜伏しないで、場所に抱き竦められた)神通の電撃的な迅速の気配は、しかし逆窃視や自由剥奪や憤る嫉妬が絶対速度だということである。  こうした解離を廻る違いは、理解し易くするというよりは、解脱じみていて、何かまるで違うのに何も変わっていないかに見える。うわさのように漂うのは、そんなふうに揺さぶられるのである。  マハの肉体が励起するのはルクレシアの肉体となって想起するのであるが、それが単にルクレシアがマハの振りをするというような流通に零落するのではなく、これから届くというように電撃的、予言的であるならば、それは、リゴベルトが途中までしか来ない主体(すなわち)ルクレシアの場所となって潜伏しないのであるが(と同時に)ルクレシアがマハの振りをするかに見えてマハがルクレシアの振りをする(つまり)ルクレシアがマハの解であるように魅(ばか)されるのは、マハがルクレシアの場所となって潜伏しないのである。こうしてルクレシア(マハ)の励起は、リゴベルトのカストラート(仮声)なのである。(「ドン・リゴベルトの手帳」M.V.Llosa)

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