碧空1426 MOON WALK344(肢の偏愛やフーガの技法を予期する)
1426 MOON WALK344(肢の偏愛やフーガの技法を予期する)
見初めると何もかもが、その人の、棲む街の外観であれ街角の破れかけた広告ビラであれビラの擦れる音であれ、その人の、痕跡である足跡であれ靴であれ靴紐であれ、接触、隣接あるいは類似して代表に代表を重ねて関係は無窮に伝染して光り出す。
そんなふうに、肢の偏愛はブーツ、ストッキング、靴紐と領土を広げ、種が個の振りをするように全体が部分の振りをして生まれ変わり、魅(ばか)される。三島が生首に一気に収縮すると同時に一気に拡張するmetamorphosis の、全体が個虫の振りをするように部分の振りをして(しかも)全体のように振る舞う生首の、その輪郭喪失や自食は惚恍や戦慄や横隔膜の痙攣を以て発作的に模写されもするが、魅(ばか)す生首の、その、途中までしかやって来ない擬似半陰陽は、のぞき穴の向こうに転生してカストラート(仮声)となって、肢の偏愛やフーガの技法を予期している。
この、隣接や相似を以て代表して無窮に入れ替わり、生まれ変わる感染は、過冷却状態の現在の広がりが宇宙の膨張となって、その雌雄異体の気配が一気にしぼむ如く、無窮なのは途中までしかやって来ないからであり、途中までしかやって来ないのは世界が終わっているからである。問は解の振りをする、と同時に、解は問のように振る舞う。そのようにして、カストラート(仮声)も問のように振る舞って肢の偏愛やフーガの技法を予期するのであるが、それは既視感と区別がつかない。過冷却状態の現在が広がらないのである。


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