Sunday, February 03, 2019

碧空1427 MOON WALK345(活発に魅(ばか)す気配に迫る)

1427 MOON WALK345(活発に魅(ばか)す気配に迫る)  一体、既視感とは、世界が終わっている気配である。途中までしかやって来ない主体(擬似半陰陽)には、過冷却状態の現在(雌雄異体の気配)は広がらない。世界は一気にしぼむが、その伝達の絶対速度は予言的である。  即興とは、問(種の夢)に矛盾しない範囲で解(この世のもの)がずれることであるが、既視感は、解が問に矛盾しないように霊的なものがこの世のものになる次元跳躍を、初メテナノニ前ニモ(つまり、とっくに終わっている)、と広がらない過冷却状態の現在を反直観的に報告し、奇妙にも、ずれることを(個の出現を)、隅々寸分ノ違イモナイ、と過冷却状態の現在が広がっている如くに後れて来る主体が真偽を気にして(この世のものと、場所となって潜伏したモノと比較して)報告するのである。  それは、解離しない反直観的矛盾に(狐につままれたように)面して途中までしかやって来ない主体に、過冷却状態の矛盾が解離して後れて来る主体が迫ろうとする奮闘であるが、解離した過冷却状態の現在を媒質として後れて来る主体が見ると、途中までしかやって来ない主体は何か疲労しているようにしか見えない。解離した過冷却状態こそは擬態であることからすれば、解離しない過冷却状態は擬態疲労である。しかし、活発に魅(ばか)す気配は、妥当要求を鎧って真偽が気になる擬態ではなく、妥当要求の失効する擬態疲労なのである。

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