碧空1433 MOON WALK351(粛まる被写体)
1433 MOON WALK351(粛まる被写体)
一体、この世のものの、その媒体性の、被写体に矛盾しない範囲でずれる即興性は、この世のものが、場所となって潜伏した被写体を占める出来事であることの、その間に合わせとしての過冷却状態の現在性である。
この世のものが被写体を映し出して被写体の目じるしになることは、この世のものがこの世のことになる瞬間が宙に浮かないように被写体が重力場の如きこの世となって潜伏することであるから、その過冷却状態の現在を占めるように後れて来る主体を媒体性が脅かすのは、場所となって潜伏した被写体を脅かすのでもある。
つまり、後れて来る主体を包囲して迫る追跡や陰謀の気配は媒体性を漠として暗示する目配せであるが、その気配は、場所となって潜伏した被写体には世界の終わりとなって迫るのである。従ってそれは、途中までしかやって来ない主体にこれから届くというように迫るのである。
後れて来る主体は、世界の終わりを目撃することにはならない。それはいつまでも、解離した過冷却状態の現在を占めるように後れて来るのである。運命やMessiah も、後れて来る主体が目撃することはない。
それは、途中までしかやって来ない主体にこれから届くというように迫って、何カ届カナイ!というような激情である。この激情は、程度ではなく絶対速度のようなもので、内在的でも外在的でもなく、粛(しじ)まる被写体なのである。


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